マラソン情報

第2回日産スタジアム駅伝
09年2月21日(土)




報告 大島 剛
08年川崎国際多摩川マラソン
08年11月16日(日)





報告 竹内一男
 第24回 港北駅伝
09年1月11日(日)




報告 大島 剛
 第8回陣馬山トレイルレース
08年11月9日(日)




報告 林 幸宏
第10回北丹沢山岳耐久レース
08年7月6日(日)


報告 林 幸宏
 
 第14回八ヶ岳ウルトラマラソン
08年5月18日(日)





報告 林 幸宏
第26回三浦国際マラソン 08年3月2日(日)


報告 林 幸宏
八ヶ岳ウルトラマラソン 07年5月20日(日)
 




報告 林 幸宏
第10回荒川マラソン 07年3月18日(日)





報告 林 幸宏
第1回湘南国際マラソン 07年3月18日(日) 





報告 森島 敬
 第1回東京マラソン 07年2月18日(日)





報告 森島 敬
 第9回荒川マラソン  06年3月29日(日)





報告 林 幸宏

 さわやか大会   06年1月28日





報告 大島 剛

三浦マラソン   06年3月5日(日)




報告 森田信二
報告 鈴木 努

2005ホノルルマラソン完走記 05年12月11日







報告 椎野 吉男

第2回香港セダンチェアレース 
             05年10月16日(日)

報告 大島 剛

第24回横浜マラソン 平成16年11月14日(日)

報告 森田信二
第11回奥武蔵ウルトラマラソン  平成16年8月1日
第16回秋田内陸リゾートカップ100`マラソン
              平成16年9月26日
報告 阿部 淳一
第57回富士登山競争    平成16年7月23日(金)
第40回大菩薩峠登山競争  平成16年8月22日(日)

 報告 伏葉 新一


第2回 香港セダンチェアレース IN JAPAN 2005年10月16日(日)

セダンチェアレースとは、1975年から香港で行われているレースのこと。高い山の上に立てられた病院まで患者を運ぶために一般庶民が使ったセダンチェア(カゴ)を用いたもので、その風習を記念して行われるようになった競技です。

昨年から始まった『香港セダンチェアレース』は香港と日本・横浜の交流を図ることを目的として開催され、そのテーマは、「担ごう・走ろう・楽しもう」です。

速さだけではなく、パフォーマンス、デコレーションにも高い点が与えられるとあって、セダンチェアの装飾やウエアの華やかさ、歌や踊り、楽器演奏といったパフォーマンスも繰り広げられていました。

今年の参加チームは18チーム、チビッコチェアガール&ヒップホップダンサーチームから平均年齢70歳というチームまで、それぞれ趣向を凝らしたセダンチェアのデコレーションと仮装で沿道の人を沸かせていました。
審査は、コース上に設けられたパフォーマンスポイイトで、いかに観客支持を受けるか、その盛り上がりが参考になっていたようです。

『ヨコハマはG30!ヨコハマはG30!』と小雨が降りしきる山下公園に叫び声を鳴り轟かせていた我が『ヨコハマG30』チームは、局の呼びかけで、我が横浜環境ランナーズクラブのメンバーも参加してのパフォーマンスでした。
 
セダンチェアの上に乗ったのは、青葉事務所の武田さんの娘さんで、山下公園から2時間のも長い間、おしりも痛そうに我慢して乗っていたようです。

ちなみに、我がチームは『ヨコハマはG30!』が印象に残ったのか「敢闘賞」を貰ったようです。

その中身は“中華街”の美味しいラーメンでした.


 




「横浜マラソンに参加して」
2004年11月14日(日)

 第24回横浜マラソンが、山下公園をスタート。本牧市民公園折り返し山下埠頭をゴールとするコースで行われました。

 当日はランナーにとっては、最高の走り日和、クリーンバードのランナーも思い思いに走られたのではないでしょうか。

 いつもはハーフに参加なのですが、今回は久しぶりに10キロにエントリー。受付を早々に済ませ、クリーンバードのテントでシューズ・ランニングにチップ、ゼッケンをつける。

 今思えばそのときにレース用のランパンも外に出してしまったのだろうね、「レース用のパンツがない」あせったなー、仕方ないジャジーでやるっきゃない、今までこんな格好でレースに望んだのは始めて、「何だその格好は」と言われそう『悔しいー!』


 
レース前に天内さんが「そこにパンツあるよ」と言われたが、まさか自分のパンツとは気がつかなかった。

 自分にとってえらい「パンツ事件」になってしまった。もちろんレースにはならない、ピストルが鳴っても全然前には行けず、1キロ6分18秒、3−4キロぐらいまでジグザグ走行、まっすぐに走れない何もかもが初めて、レースの成績も無様な結果となってしまった。

 しかし、走り終わった後の一杯は最高、これがあるからやめられません。ねー皆さん。又頑張ります!
                    
         報告 保土ヶ谷事務所  森田 信二
 


『感動の夢舞台 秋田花街道一路』   無念のリタイヤ

第16回秋田内陸リゾートカップ100`チャレンジマラソン 9月26日
          
 初出場になるが、女房の実家から車で30分ほどにあるスタート地点のみちのく小京都角館。気温が予想より高い15度、まだ暗いAM5時のスタートする。

 すぐに武家屋敷通りを1224名が走り抜けて行く。国道105号を北上しゴールは鷹ノ巣のワンウェイコース。

 前半の40キロまでは500m登って行く。8月にコースを下見した甲斐があり20キロ過ぎからの急坂もなんなくクリアーする。

 渓谷の景色も素晴らしい。エイドでは、秋田こまちのおにぎりと旨い水それと秋田美人が迎えてくれる。予定通りのタイムで50キロ手前のエイドで女房と再会する。

 調子が良く楽に走れるなどと話しながら、後半の下り
用のシューズに履き替え、ベストタイムを上廻る『9時間30分前後でゴールするから』と言いながら出発する。リズムがいい走りだ。

 60キロ手前で突然腰に痛みがある。ヘルニアの痛みに近く胸も苦しくなる、左足甲にも痛みが出て立ち止まるが歩きながら様子を見る。

 エイドで横になったり、足腰に氷を当てながら水分補給とおにぎりやバナナを口にしながら、再び走る準備をする。

 エイドではお世話になった女性にお礼を言いゆっくりと走り出す。多少違和感はあるが
だいぶ楽だ。

 リズムも戻ってきた北緯40度地点も通過。これでゴールまで行けると思うが長くは続かない。80キロ地点で再び激痛がきたが何とか歩いて次のエイドへたどり着く。

 横になって20分ほど悩んだ末大会役員へ連絡する。無念のリタイヤ81,37キロであった。その後、収容バスに乗りゴール地点へ向かう途中、バスの車窓からゴールを目指し一歩一歩足を運ぶランナーを見て、より一層悔しさが込み上げてきた。

 ゴール地点で女房と再会、いつゴールしたと聞かれ「リタイヤした」と言うと何でと不思議そうな顔をしていた。着替えている時「本当に残念ネ、来年はリベンジしに来なくちゃネ」と女房から励まされる。

 この悔しさを晴らしに来るよと言いながら、心の中で女房にありがとう。本当に悔しい一日になってしまいました。
                                   
                                 報告 港北事務所 阿部 淳一

 



『ぬくもりの感じられる大会』  8月1日

11回奥武蔵ウルトラマラソン75キロに3年連続出場を目指す。

 8月1日、毎年一番暑い時期に開催にもかかわらず、13歳〜74歳までの計677名の健脚が、毛呂山総合公園をAM6時にスタートする。

 高低差約
800m、4箇所の峠を越える奥武蔵林道を前半は、ほとんど登り坂、後半は下り坂が待っている。エイドステーションは、計24ヶ所あり充実している。

 ソフトドリンク、果物、カキ氷、ソーメン、ビールに冷やっこ等居酒屋並みに何でも置いてあり、夏場のレースを少しでも楽しく走ってもらおうと『ぬくもりの感じられる大会である』

 調子づいて食べ過ぎたせいか、
45キロの折り返しを過ぎたころから下腹が痛くなり、トイレを探すが、あと3キロ先までないと聞かされ『エーッ』下腹が差込み出し、鳥肌まで立って来た。

 絶体絶命、走ることも出来ず、必死で歩き何とかトイレまでたどり着く、
10分後スッキリして、再び走ることが出来る、快調に歩幅も伸びる。最後のエイドステーションでは名前が呼ばれ寄って行ってと言われ、暑いから頭から冷水を掛けてくれる。生きた心地になる。

 帽子に氷を入れラスト2〜3キロとなり気分良くゴールする事が出来た。7時間
57分楽しく走れたのもエイドステーションの皆さんのお陰でした。ありがとうございました。

 来年また行きます。
                                   
報告  港北事務所 阿部 淳一

 



第40回大菩薩峠登山競争に参加して

                                     平成16年8月22日(日)
 
 今年は山梨県塩山市制50周年記念で開催されたので、1年ぶりの参加となる。

 前日は民宿に泊まり、夜は盛大に花火が打ち上げられ、ランナーを歓迎してくれた。

 参加者は約1000人を数え、標高差1300
、距離15,7Kmを9時40分に、いっせいにスタートしていった。
 
 約4
Km地点の登山道バス停までだらだらの坂が続く。平成2年まではここが、スタート地点だった所で坂も急にきつくなりいつも歩いてしまう。

 あとはひたすらカーブが続く県道(ロード)を登っていく。歩いたり、走ったりを繰り返しながらようやく12,6Kmの女子と壮年Bのゴール地点の上日川峠に着いた。

 ここから山に入って行き、1.5Kmは舗装道、1.5Kmは登山道となる。ここからは少し涼しくなるが、相変わらず登りがきつくヒーヒー言ってしまう。ゴールしたランナーが下山してくるので、すれ違いに励まされる。

 そして1900
Mの大菩薩峠の1時間56分でたどり着いた。今回は土産品もなく、質素になったが、これでも大会運営が出来るのだからこれからも続けてほしい大会である。

皆さんも大自然の中を走ってみませんか?気持ちいいですよ。

報告 旭工場  伏葉 新一

 


第57回富士登山競争に出場して
 
 
                                    平成16年7月23日(金)
 
 今年もこりずに6回目の参加となる。


 昨年はあと少しの所で完走をのがしたので、今年こそはという思いだったが、
練習量が少なく、6月に大山へ、7月に入って富士山5合目―頂上までの1回だけと言う事で、不安な気持ちで当日を迎えてしまった。
 
 今回から制限時間がなくなり約2400人の参加でスタートから混雑して走りにくい。馬返しまで行くのに蒸し暑くて大量の汗をかいて体力をかなり消耗してしまった。

 五合目で、去年より6分悪いタイムで、完走は無理だと思い、とりあえず八合目、4時間以内をめざして登って行く。7合目を過ぎたあたりから酸欠状態となり、まっすぐに歩けなくなってしまい、結局8合目に着いたのは4時間20分でした。
 
 今年もあえなく富士山チャレンジ失敗に終わり来年はもし行けたら完走するぞと思いつつ、帰路についた。

                            
                 
報告 旭工場 伏葉 新一 





2005ホノルルマラソン完走(歩)記  2005年12月11日(日)
 

 126日から1213日にかけて旭工場の伏葉さんと一緒に第33回のホノルルマラソンに参加してきましたので報告します。

私にとってこのホノルルマラソンは、1年の締めくくりの大会であり、現状の体調では唯一の参加 完走できるマラソン大会です。

現在私は、不整脈の治療中であり医者からは、適度の運動は良いが心拍数を10以上に上昇させる激しい運動は、控えるようにストップが駆けられている状態です。

そこで9月より近くの岸根公園で、手を大きく早く振って1歩の歩幅を1センチでも長くするように歩く練習を繰り返し、心拍を上げないように早く歩く方法を練習しました。

時速7キロのスピードで1時間は、歩けるようになっていますが、このスピードを6時間継続できるかが今回の課題です。

マラソン大会の制限時間は、通常日本国内では5時間、長くても6時間が常識でありホノルルマラソンのように12時間を過ぎてもゼッケンを付けている人が歩いている限りは、ゴールラインで係員が待っていてくれる このような人に優しい大会が、私は大好きです。

ホノルルマラソンは、L.S.Dlong slow distance長距離をゆっくり時間をかけて走るを提唱したジャック・スキャッフという心臓病の医師が、心臓障害者を中心にランニング指導のPRのために 1973年 162名の参加で第1回を開催して、その後「ホノルルマラソン協会」が設立され今日に至っている歴史があります。

コースを簡単に説明すると、皆さんも良く知っていると思いますが、以下のとおりです。 

午前5時 (スタート)アラモアナショピングセンター →(10km)カピオラニ公園 →(15km)ダイアモンドヘッド →(20km)永遠10キロのハイウエー →(25km)ハワイカイ1周 →(30km)10キロのハイウエー帰り →(33km)のカハラの高級別荘地区 →(38km)のダイアモンドヘッドの上り→(42km)のカピオラニ公園(ゴール) 
私の完走タイムは、6時間52分でしたが、走らず全て歩いたのは今回が初めてです。

尚、伏葉さんは、今回4時間17分で完走したようです。 

詳しくは、ホノルルマラソンホームページ ランナーサーチ

http://www.honolulumarathon.org/runnersearch.html で確認できます。

                         都筑工場 椎野 吉男

 





     ランニングとウォーキングの
   第2回 さわやか大会    2006年1月28日(土)
   主催 さわやか練習会      
   後援 横浜労働者福祉協議会・横浜市青少年育成協会・かながわ労働者ボランティアネット
   

 第2回を迎える「さわやか大会」は、視覚障害者と知的障害者がボランティアや家族に支えられながら、伴走者と一緒に走ったり、歩いたりして、競争ではなく「自分の記録を作る大会」です。

今回は、市内を中心に20〜70代の視覚障害者や知的障害者22人が出場。60分以内で1周約1,3キロの周回コースをそれぞれが1〜7周までの間で目標を決め一斉にスタート。大会を支えるボランティアや家族の声援を受け、伴走者らと軽快に走ったり歩いたりして、心地よい汗を流していました。

 そもそも、今回の「さわやか大会」への参加は、後援している横浜労働者福祉協議会に加盟している自治労横浜から「横浜環境ランナーズクラブ・クリーンバード」に、伴走者を出してほしいと要請があったからでした。

 当日の、根岸の森林公園は寒風吹きすさぶ非常に寒い朝でしたが、クリーバードからは、森田会長、天内さんと大島の3名が9時からの受付時間までに集まり、伴走者の登録をして10時からのスタートを待っていました。

 一緒に走ったり、歩いたりする視覚・知的障害の人たちも、家族やボランティアの人たちと集まり始め、にぎやかになってくるに従って寒さに震えていた公園の中も少しずつ暖かくなってきた。

 「さわやか大会」を主催する「さわやか練習会」の、上杉会長からの挨拶に始まり、横浜労働者福祉協議会や横浜地域連合等の後援団体の挨拶が終わって、10時にスタートとなる。

 森林公園、約1,3キロの周回コースは、適度のアップダウンがあり、途中にある池には鴨がつがいで泳いでいた。桜並木(もちろん今は葉が落ちているが)は、「春には見事なほど美しい桜が咲きますよ」と教えて貰う。

 私は、視覚障害でも弱視の女性とペアを組み、輪にした細引きロープを頼りにウォーキングすることになりました。最初に歩き始めたときには、相手の女性は弱視とは思えないほど普通に歩いていたので、気楽な気持ちで歩き始めましたが、そのうちに細かい段差や公園で離たれている子犬が、視覚障害の人には非常に危険であるということが、伴走を始めてそれとなくわかってきた。

 今回、伴走した女性は、月1回の練習会に参加して、3〜4周をいつも歩いているとのことで、今日の目標は、4周を50分ほどで完歩することでした。そのためか、歩き方もしっかりとして、最初の1周も13分を切るほどの歩き方で、伴走する私としても、足下や周囲の状況を気にしながらもペースの維持に努める事にした結果。48分でゴールとなる。

 天内さんは、視覚障害の男性と、やはり輪にした細引きのロープを頼りに、約1,3キロの周回コースを3周走ったり歩いたりして35分ほどでゴールする。
森田会長は、伴走する相手が見つからないとのことで、ボランティアのカメラマンとして公園内を走り回っていました。

 ゴール後には、ボランティアネットワークが作ってくれた「しし鍋」を一緒に食べながら親睦を深めることになった。

 この大会で、ハンデのある人たちも、歩いたり走ったりすることが大好きな人たちが大勢いる事がわかった。しかし、そのためには補助・介護するボランティアとその家族の努力が大きいことも理解した。



私にとっても、今回の経験は、今までの自分のためのレースと違い、手を引き周囲に気を遣いながら伴走するという始めての体験で、ボランティアとして「世のため人のため」に、少しは貢献できたのではないかと思っています。







 


 


三浦マラソン 2006年 3月5日(日)

200635日、今年も春の幕開けとなる国際色豊かな三浦国際マラソンが、三浦海岸をスタートとしました。

 ハーフマラソン(城ヶ島折り返し)・10キロ(松輪折り返し)・5キロ(三浦海岸道路折り返し)3種類のコースで行われました。

 当日は、風もなくポカポカ陽気でランナーにとってはちときついのでは? 例年このコースは春一番があったり、雨と風そして雷があったりして、選手泣かせの激しいレースのときもありました。

 今回も国際マラソンの名にふさわしい14の国と、国内では北海道から沖縄までの全国から約1万人のランナーが参加しました。我がクリーンバードでも港北・神奈川・南の事務所から、それぞれの思いおもいのレースを楽しんだようです。

 今回私は、応援の脇役に廻り「シャッターチャンスを」と、カメラ片手にフェンダーを覗いていましたが難しいの一言です。選手の皆さん大変お疲れ様でした。

 終わったあとのビールは辞められないですね。これがあるから走っていられる。はまゆう荘も3月いっぱいで終わりですか寂しいですね(はまゆう荘よ、長い間お世話になり、ありがとうございました)

 報告 森田 信二


  大会成績

10キロ 竹内 一男     37:58 鶴見事務所
梅原 缶     49:52 鶴見事務所
須崎 勝昭     53:43 港北事務所
中村 貴博     55:31 港北事務所
山崎 義範     57:28 港北事務所
深瀬 和己    1:01:06 港北事務所
ハーフマラソン 稲葉 真   1:54:54 港北事務所
阿部 淳一   1:37:06 港北事務所










 


                強風の荒川マラソン 2006年3月29日


 3月29日、東京荒川マラソンが開催される。
エントリーは21,371名で、会場は人だらけであった。

 午前9時にスタートする。今回は練習不足なのでペースを落としながら走っていたが、体が温まるとペースが上がりすぎるが、「まぁー大丈夫だろう」と思って走る。

 15キロ過ぎから膝が痛くなり、ごまかしながら折り返しまで走る。自分に「あと半分」と言い聞かせながら走ったが、今度は、反対側の足首が痛くなり、29キロ地点からは歩いてしまう。

 弱り目にたたり目である。風が急に強くなり、歩くのも大変なほどの強風となってきた。「足は痛いし、風は強いし」歩くのがこんなにも苦痛と思ったのは初めてでした。

 それでも何とか、ゴール地点に戻ってくる。4時間11分でした。膝を治して「来年も走れたら」と、思っています。




 


     第1回 東京マラソン 2007年2月18日(日)
                悪天候の中、都内名所を駆け巡る



 2/18(日) 行ってきましたよ〜東京マラソン (^^)第1回という事で楽しみにしていたのですが、な・なんと雨(;)快晴に恵まれてとはなりませんでしたが一路、新宿駅に着いたとたん、いるわイルワ老若男女問わずランナーの人ひとヒトさすが3万人!!さて荷物を預けないとギョエ〜!!トラックが40台も…。

時間ギリギリで無事預けスタート地点へいくが、これまた長すぎて自分の場所が…?ボランティアに
聞きながら無事スタートラインへいくが、まだ雨が降っている!。その後30分合羽は着ているもののも
う靴はしみてきた。つめたい…。おっとスタートしたらしい。自分の周りは全く動かない。5分後よう
 やく動いた、何とラインを超すまで10分もかかってしまった。

   よーやく走り始めたがトイレはどこだ〜?やむなく地下鉄のトイレへ往復6分のロス、その前と合わせ
 て10分も無駄に…。そこからはかなりいい感じで走る。雨も小ぶりになってきた。
  10km日比谷公園を超え快調かいちょう、僧上寺を超えて東京タワーは見えなかった(;;)品川を折
 り返し良いペース、しかし雨脚がだんだんと強くなってきた(++)合羽はとっくにない。
 25km過ぎ足が痙攣、身体が寒さのためブルブルと震える手も足も感覚が無い!。
 28km過ぎ足がつった。ちょっと休憩する、しかしこんなところから歩いたら7時間くらいかかりそう
 だ、気を取り直して走るもすぐに足がつる。う〜〜リタイアの文字が頭をよぎる、頑張れ〜〜俺!1km
 11分かけて歩きながら回復を待つ途中におばちゃんがお汁粉を配ってる。ほんの少しだったけど身体があ
 ったまるのと同時に体力も少し回復する。おかげで銀座から雷門また銀座と7分台から6分台で走る事が出
 来た(^^)たまに足がつるもなんとか…。
 38km過ぎ、雨も上がり晴れて来た豊洲の端から海をみながら気持ちいいな〜〜。
 40km過ぎてあったかくなったせいで靴擦れが痛い,途中どっかで出来ていたらしい。あと2,195km左
 手にビックサイトがおおおおあと少しだ〜〜。あと0,195km最後の力を振り絞ってもうダッシュ??歩い
 ているのと変わらないスピードでようやくゴール。
 タイムは?4時間46分。何とか5時間はきれたのか〜〜今回は寒さにやられたのを言い訳にして次回は
 4時間をめざしてチャレンジしたい…。また走るかな〜〜。
 まあコースは本当に良かったですよ。いい観光になりました皆さんも来年はいかがですか?




 


  第10回
荒川マラソン 2007年3月18日(日)
      アニバーサリー・マラソン


今日3月18日は、『第10回荒川マラソン』私の40回目の記念すべき誕生日となりました。
この日のために、自己ベスト更新に向けて、日々練習を積み重ねてきました。
当日の天候は、北の風約3,5m昨年と同様に風の強い中、午前9時にスタートです。

同じ日に第1回湘南国際マラソンや、1ヶ月前に行われた東京マラソンの影響で、応募人数は少ないと思っていたら、いつものように12000人でのスタートでした。

前半の21キロは、追い風で走りやすいが、この風に乗ってスピードを上げると後半の21キロに響いてくるのでは…と思い、セーブしながら前半を終え、折り返しの後半に入ったとたんに向かい風となる。風速3,5mってこんなにも強いのかと思うほどの強風でした。

前半スピードを抑えていて良かったと思っていたが、25キロの地点では、もう歩こうかなと思うほどの弱気になっていましたが、荒川マラソンでは、沿道の応援が凄いのと、「今までで一番練習してきたじゃないのか」と思い、弱気になっていた自分に言い聞かせながら走る。

35キロ地点の楽しみにしていた、シャーベットを食べ最後まで頑張りどうにかゴール。今まで完走してゴールした中では、一番辛かったレースでした。

タイムも、自分の時計で3時間17分と一番遅いタイムでした。一生懸命練習したのに「トホホ…」です。

せっかくの記念すべき『誕生日マラソン』は失敗に終わりました。



 


      第1回 湘南国際マラソン 2007年3月18日(日)

3月18日(日)東京国際マラソンから一ヵ月後の今日、第1回
湘南国際マラソンに行ってきました。初物好きの私としま
しては無謀とも思えるこのチャレンジ結果はいかに…?
さて当日の朝は前日の小雪交じりが嘘のようないい天気!!
(東京マラソンは大雨だった)受付地点に向かって歩いてい
くと江ノ島大橋から雄大な富士山の姿が^0^!今年一番の
きれいさでした。

着替えて自分で荷物を荷物置き場に入れ!?(対外は係員が
いてくれるのだが・・・)スタート地点へ江ノ島の一番奥か
ら江ノ島水族館の前まであるいてアップ。

スタートまで45分、おっっ目の前をアイドルらしき人が後
で調べたらやっぱりアイドルでした。そんな事をしていた
ら遠くのほうでQちゃんの声がレース前のアドバイスをして
いました。話が終わって時計を見るとスタート1分前ドキドキ今回はどうだろう4時間ぎりが目標なのだが・・・。

さあスタートだ。まずは134号線を富士山に向かってひたすら走るハシルはしる。5km25分台いい感じ8km
すぎ茅ヶ崎で職場のサーファが応援してくれるでっかい字で「頑張れ森島」ってこれは今回初めての経験だった
な〜〜.かなりうれしい。10kmまでまた25分台
ちょっとペースが速いような気がするがいけるところまでいっちゃえ〜〜。13km過ぎから西湘バイパスへ、
普段は車しか走れないところを走るこれは気持ちいい。ひだりてには海、正面には富士山景色も最高!!

スタート地点では結構吹いていた風もそんなに気にならず15km地点では26分台、じぶんのなかでは結構いい
ペース。

18km過ぎ右手にちよ〜〜有名なあの大磯ロングビーチを発見!!走ってきちゃったよこんなところまで19
kmすぎあれ?アイドルがもう折り返してきたぞ無茶苦茶早いな〜〜ww(??д?) 21km折り返しこんどはき
た道をひたすらえのしまにむかって走るハシルはしる。

25kmすぎ右手に江ノ島が見えたまだ霞んでる。30kmすぎアンパンを食べながらゴールにむかってまだ走
るここまでまだ1回も28分台が無いこのままゴールまでいけるかと思ったら33kmすぎ突然あしに痛みがつい
にきたかここまで調子が良かったのになんとかもたないかな〜〜なんて考えながら走っていくも残念ながら足が
つり始めた。

あと9kmまだ時間に余裕がある、4時間目指して少しでも前へ…。あと5km10kmの部のランナーと合流
渋滞だ〜〜ペースの遅くなってる俺はいい迷惑!?だ。

あと2kmあれれ??横にアイドルがおもいきって話し掛けてみる何とこの娘双子のアイドルだった事が判明し
まいで10kmとフルに参加していたそうで後で調べたところかなりの経歴の持ち主でした早いわけだ。

右手にスート地点だった江ノ島水族館を超えあとは江ノ島大橋を超えればゴールだ最後の力を振り絞って写真撮
影のポイントでハイポーズ!!ネットで公開された写真にはしっかり写ってました。
最後の力を振り絞った結果4時間は残念ながら切れず4時間10分をきってフィニッシュでした。コースは割りと平
坦で走り易かったです。来年こそは4時間目指してまたチャレンジしたいと思います。
東京に続き2連敗の森島のレポートでした。




 


第13回星の郷八ヶ岳野辺山ウルトラマラソン  2007年5月20日(日)

大島さんの甘いささやきに乗せられて5月20日の八ヶ岳100キロウルトラマラソンに挑戦してきました。

5月19日(土)仕事が終わってから、野辺山に向かい車中泊。20日(日)朝2時半に寒さで目が覚めるが、気温1度。横浜に居る時と同じじゃ〜寒いわけだ。車のエンジンを回し早めの朝食を取る。

その後、エントリー会場に向かうが寒さでブルブルと震えるが空は満天の星空、星の郷の名の通りである。

朝、5時のスタート前は寒い。長袖のシャツを着てこなかったことを後悔しつつ、せめて手袋がほしいと思っている間に、千葉真子選手のスタートの合図。寒いのでスピードを出し体を暖かくしたかったが、長丁場を思いゆっくりと走り出す。

キロポストの標識が5キロ毎なのでペースがよくわからないが遅くても良いと思っていたら最初の5キロが32分、本当に遅いと思いペースを上げる。

その後に8キロ付近で舗装道路から林道へ入る。登りも段々きつくなってくる。10キロのエイドでトイレに立ち寄る。
時計を見ると57分、まずまずと思いながらトイレに入る。混んでいるがよいか〜と、その時、前方に八ヶ岳、後ろの富士山が雪化粧をしていて、とても綺麗であった。

トイレを済まし計測マットを通過したときは67分。トイレで10分も過ぎていてビックリだったが気を取り戻し走り出す。マイペースで進むが、なにせ登りがキツイ、足が!ふくら脛が!張ってくるうちに大会最高地点の1908mに到着。

ここからは下りだと思いながら、ペースが上がると足が持たなくなると思いセーブしながら走る。25キロ手前からは舗装道路に戻るが、又登り、何とか50キロエイドに到着する。

中間点の50キロにて一休み。足のマッサージをしてもらい、再出発したが50キロ地点が一番標高が低いために更なる登りが続く。

68キロ付近に道路標識の勾配10度が目に入ってきた瞬間に“歩こう”と頭からの指令が出てきた。

その後、71キロランナーのフィニッシュの『滝見の湯』を横目で見ながら通過するが、まだ歩いている自分がいる。74キロを過ぎたころからは走る元気がない。そして、やっと頂上の馬越峠、ここからは下り、ゆっくり走り始める。

しかし、急に右膝に激痛が走る。やばいと思いながらもなんとかゆっくりと走っているが、83キロ付近からは曲げるのも痛くなり、またまた歩き、そこから最後まで歩くことになりました。

残り5キロ付近からは、もの凄く寒くなり震えながら歩いてのゴールとなりました。その時のは気温3度寒いわけだ。ゴール後に震えながら豚汁を飲むが体が温まらないないので、お風呂まで直行するが歩いて3分の距離がこんなに遠いなんて・・・。

お風呂に入ってやっと一息する。あ〜今までやってきた練習では八ヶ岳ウルトラマラソンは厳しいと思いながらも来年のことを考えてしまいました。

最後になりますが、今回のタイムは、13時間00分でした。せめて大島さんのタイムを抜くまでは頑張りたいと思います。

 大会記録は、ここから入ってください。




 

            三浦国際マラソン  2008年3月2日(日)

3月2日、三浦海岸にて行われる大会に初出場したが、会場に向かう京急電車が横浜から三浦海岸まで超満員電車となりヘトヘトになってしまった。

また、更衣室から会場までが徒歩で約10分、ちょっと失敗したかなと思いながらアップもそこそこにして会場に向かう。9時集合でスタートまで30分待つ、気温6度北北西の風5m、ブルブル震えながらスタートの時間が待ち遠しかった。

そしていよいよスタート、今回はスピード練習をしていなかったので、景色を眺めながらそれなりのタイムが出れば良いと思っていたが・・・、いざスタートすると、そうもいかずに体が前に出てしまう。だが1キロも走っていないのに、ゼーゼーと息切れしてくる。

それでもどうにか頑張り3キロ地点のタイムが11分45秒、ああ結構俺頑張っている。このまま行こうと思っていたがその先に大変きつそうな勾配の登り坂が数百メートルあり、一生懸命頑張ったが4キロの地点ではタイムが16分05秒、あれっ!!と思いながらも時計を見るのを止めて前だけを見て走ろうと思い走った。

ラスト1キロを切って数百メートル進んだら、鶴見事務所の竹内君の声援が聞こえる。まさか知っている人がいるとは思っていなかったのでビックリした。(写真に写っていたら送って頂戴、お願いします)

しかし、その声援のおかげで、ラストスパートが出来て、どうにか10キロを39分34秒のタイムで走ることが出来ました。

走り終えると、又出場しても良いかと思いながらも、景色を見ながら走るのを忘れたと思い出しながら帰途につく。

帰りの電車も混雑の中、それでも座席に座り居眠りをしながら帰ってきました。



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